稲作の未来に大きく貢献!
水稲除草剤「サイラ™」研究開発ストーリー

稲作農家にとって、水田に生い茂る雑草は邪魔者以外の何者でもありません。現在は除草剤で防除するのが一般的ですが、近年は除草剤に抵抗性を示す雑草が生まれ、日本全国に広がっています。

既存の除草剤に抵抗性を示す雑草を効果的に防除するために、三井化学アグロが開発した除草剤が「サイラ」です。この研究開発は困難な道のりでしたが、複数の才能を合わせることで新しい視点を生み出し、チーム一丸となって開発を成功させました。

この記事では、「サイラ」の特長と研究開発秘話を紹介します。

水稲を守る新たな除草剤「サイラ」研究開発の背景

日本の主要な農作物といえば水稲です。除草剤サイラは、私達日本人の主食であるコメの生産を支えるために開発されました。

水田にはびこる抵抗性雑草の出現と発生地域の拡大

水田に生える雑草は、水稲に行き渡るべき栄養を奪います。また日差しを遮り光合成を阻害します。さらに雑草が生い茂ると、そこは害虫の温床となります。このように水田に生える雑草は、稲作に様々な悪影響を与えます。

そのため品質の良いコメを生産するには、水田に生い茂る雑草を防除することが重要です。水田における雑草の防除には除草剤を使いますが、長期間効き目が続き、様々な種類の雑草を一度に防除できる「一発処理剤」を使うことが一般的です。

近年、一発処理剤としてはスルホニルウレア(SU ※1)系除草剤の混合剤(※2)が多く使われてきました。このSU系除草剤は、雑草における「アセト乳酸合成酵素(ALS)」の活性を阻害する効果があります。ALS活性が阻害されると、その雑草は成長に必要なタンパク質を生合成できず、やがて枯れます。

SU系除草剤は広い殺草スペクトラム(※3)を示し、その利便性から全国的に普及しました。しかし利用が盛んになるにつれ、SU系除草剤に抵抗性を示す雑草が日本各地で報告され、全国に発生地域を広げています。

次の表は、SU系除草剤に抵抗性が報告されている雑草の一覧です。たとえばミズアオイ、コナギなど水稲との養分競合の激しい雑草や、イヌホタルイ、オモダカなど繁殖力の強い厄介な難防除雑草において、SU系除草剤に抵抗性が認められています。

現在はSU抵抗性雑草にも効く新規ALS阻害剤が開発され、普及が進んでいます。しかし、既に新規ALS阻害剤にも抵抗性を示す雑草が報告されています。

防除が難しい雑草の除草剤開発に挑戦

従来の除草剤に抵抗性を持つ雑草が増えれば、防除に多大な労力・コストがかかり、稲作農家の負担が増大します。

しかしかつてはSU系除草剤以外の有効な除草剤は多くはありませんでした。そのため多くの稲作農家がSU系除草剤のみに頼らざるを得ず、危機的な状況にあったのです。

当社はこのような稲作の危機に立ち向かうため、雑草を防除する新たな除草剤の探索研究をスタートしました。

そして探索研究において、様々なハードルを乗り越えて見出した化合物を全国農業協同組合連合会とともに研究を進め、ついに開発できたのがサイラです。サイラは雑草に白化作用(※4)をもたらす、新たな作用機構(※5)を有しています。SU系除草剤や新規ALS阻害剤に抵抗性を示す雑草も防除することが可能です。

サイラ使用により白化した雑草

水稲除草剤「サイラ」研究開発秘話

サイラの開発は、長年研究を積み重ね、様々な除草剤を発売してきた歴史と、常識にとらわれない柔軟な発想を兼ね備え、若手もベテランも関係なく組織をも越えて共創を続けている当社だからこそ可能でした。水稲除草剤サイラ研究開発のストーリーを紹介します。

紆余曲折があった研究開発の歴史

当社はサイラの元となった除草効果を持つピリダジン誘導体(※6)の探索研究を、1982年頃から行っていました。ところがそんな中、当時の除草剤マーケットに高い除草効果を示すSU系除草剤が登場。そのためこの時点では新規の除草剤への需要が消滅し、ピリダジン誘導体の探索研究は、1985年頃に一旦中止となりました。

しかし次第にSU抵抗性雑草が報告されるようになり、SU系とは作用機構の異なる除草剤のニーズが高まります。それを受け、当社は1999年に探索研究を再開。全国農業協同組合連合会との共同開発を含めて22年もの年月をかけ、ようやく2021年に水稲除草剤サイラを含む一発処理剤の販売を開始することができました。

このように、サイラの販売開始は長年の研究開発を積み重ねた成果だったのです。

ロジックと感性、若さと経験。共創による創薬

ピリダジン誘導体の探索研究スタートから数えると40年にもわたったサイラの研究開発には、多くの立ちはだかる壁がありました。そしてその壁に突き当たるたびに、研究開発チームは若手もベテランも関係なく、経験とアイデアを持ち寄りながら一丸となり乗り越えてきました。

ピリダジン誘導体の探索を進める中で、「H-485」という化合物に着目しました。一年生雑草はもちろん、多年生雑草にも高い活性を示していたのです。しかし、H-485の性質を種々検討する中で、ある一定の条件で効果が不安定になることが判明しました。この一定条件での安定性を高めるために、更に様々な誘導体をつくり評価試験を継続しました。開発候補化合物を絞る段階で、評価チームの若手研究員より有益な提案がありました。この研究員は誘導体の水田中での挙動を観測し、その中でユニークな挙動を示す誘導体があることを発見したのです。 この発見を基にした候補化合物の提案がきっかけとなり、サイラの開発へとつながりました。

また製造段階においても、ブレイクスルーがありました。サイラは当初の製造法では高コストであり、コストダウンの必要性に迫られていました。問題は原料であるフェノール類からの合成段階数の多さです。当初サイラはフェノールから4段階を経て製造されており、コストカットのためにはこの反応段階数を減らす必要がありました。 この課題を克服するキッカケになったのは、有機化学的には非常識ともいえるいくつかの発想です。例えば、通常は低温でないと反応しないと思われるものを、高温で試してみたり、電子レンジを使ってみたり。固定観念にとらわれず、数え切れないほどの実験を繰り返した結果、最終的には反応段階を4段階から2段階まで減らすことができたのです。

経験豊富なベテランの力も、サイラの販売開始には不可欠でした。

一般的に新薬の販売を開始するためには、中間体(※7)の毒性試験を行わなければなりません。そして毒性試験のためには、高純度の中間体サンプルをつくる必要があります。この中間体サンプルをつくるために、研究チームは再結晶による精製を繰り返していましたが、純度を一定以上に高めることができませんでした。

この壁を破ったのは、化学合成の達人である、とあるベテラン研究者でした。このベテラン研究者が特殊な再結晶方法により中間体の精製を行った結果、純度99%以上の中間体が得られたのです。

このように、サイラは若手ならではの柔軟な発想と、ベテランの持つ豊かな知識や経験がなくては開発できなかった除草剤です。

「サイラ」の普及により稲作農家に貢献

当社の経験とアイデアを結集させて開発されたサイラは、日本の主食であるコメの生産に大きく貢献することが期待できます。人手不足や高齢化により、省力化の必要性に迫られている多くの稲作農家にとって、大きな助けになるのがサイラです。

サイラを含む除草剤は、一発処理剤、中後期剤として、2022年以降の全国的な普及を目指しています。さらに、ピラゾレートやテフリルトリオン、ベンゾビシクロンなど相乗効果の高い除草剤との混合剤を開発し、農薬登録取得を進めています。1キロ粒剤、フロアブル剤、ジャンボ剤などの豊富なバリエーションを用意していますので、普及が進めば稲作農家の皆さんが多くのシーンで利用することになるでしょう。

コメは日本人にとって、もっとも重要な作物です。そしてコメは日本だけではなく、世界中の多くの人々に親しまれている主食でもあります。当社は、日本のみならず世界中の人々から愛されているコメを、サイラの普及を通じ支えていきます。

新薬の研究開発は長い時間がかかりますが、数十年先の未来に貢献する仕事です。未来がより過ごしやすく暮らしやすい世界となるよう、これからもたゆまぬ新薬の研究開発を続けてまいります。

用語解説
  • スルホニルウレア(SU):スルホニルウレア構造(S‐フェニルスルホニルウレア構造)を持つ化合物の総称。除草効果がある。
  • 混合剤:ここでは複数の有効成分を組み合わせ、様々な雑草を防除できるようにした除草剤のこと。
  • 殺草スペクトラム:ひとつの除草剤で防除できる雑草の種類の範囲。
  • 白化作用:植物を白くする作用。光合成に必要な色素が失われるため、植物は枯死する。
  • 作用機構:ここでは除草剤が雑草に作用し、死滅させるメカニズムのこと。
  • ピリダジン誘導体:ピリダジンはC4H4N2で表せる化合物。ピリダジン誘導体とは、このピリダジンの一部分を変化させた化合物のこと。
  • 中間体:ここでは原料であるフェノールからサイラをつくるための、化学反応の途中に生じる化合物のこと。